イケハヤです。
突然ですが、みなさんは「浮気」されたことはあるでしょうか。
幸いぼくはないですが……想像するとちょっとしんどいですね……。
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今日紹介したいのは、100年くらい前に実在した、ある男の話です。
彼は、有名作曲家で、当時の音楽シーンを塗り替えるような表現を数多く生み出しました。
今でいう「炎上系クリエイター」で、賞賛も批判も多く浴びています。
相当ネタにされたようで、彼をいじった「皮肉絵(カリカチュア)」が今も数多く残っているほどです。
1911年。
持病の心臓病が悪化し、彼は、50歳の生を終えます。
で、その前年に、19歳年下の妻が浮気していたことが、史実からわかっています。
浮気が発覚した直後に、持病が悪化して病死。
メンタルがやられてしまったのかなぁ……という感じがしますね。
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浮気が発覚したのは、1910年の夏。
彼の妻の名前は「アルマ」といいます。
彼女は、多くの男性を狂わせた、見目麗しい才覚あふれる女性です。
今でいうと「知性溢れる美人インフルエンサー」みたいな感じでしょうか。
男性から歩み寄られることも多く、恋多き女として生涯を閉じます。
なんせ、彼女が自筆した自叙伝のタイトルは、「我が愛の遍歴(And the Bridge is Love)」!
自分で自分の人生を描写するとき、「愛の遍歴」をテーマにするというのは、なかなかの自認です。
まぁ、そういう魅力的な女性だったのです。
そんな美人インフルエンサーのアルマさん。
オーストリアのトーベルバートという保養地(日本で言えば、たぶん熱海みたいな場所でしょう、たぶん)で、若い建築家のヴァルター・グロピウスと出逢い、浮気してしまいます。
グロピウス。
この名を知っている人は芸術に詳しいですね。
そう、彼は「バウハウス」と呼ばれる芸術運動を率いた、「近代建築の祖」とも言われる芸術史に残る人物です。
かくして、アルマは浮気をしてしまうのですが、これはどのように発覚したのか。
なんとですね……。
天才建築家のグロピウスさん、間違えて手紙の宛先に、アルマではなく、「彼女の夫の名前」を書いて送ってしまったらしいんです。
……いやほんとどういうことでしょう?
今でいうと、不倫相手の夫に間違えてLINEしちゃった、みたいな感じ?
でも宛名はしっかり書いてるんだよな……グロピウスさん、そんなことある???
びっくりしたのは、作曲家の夫ですよ。
「おいおい、俺の名前宛の郵便物受け取って読んでみたら、妻の浮気相手からの手紙なんだが!?」
なかなか衝撃的な発覚です。
当然揉めるわけですが、グロピウスはなんとそこから、「アルマを解放してほしい」と直接夫に会いに行っちゃいました。
おいおい、えらい攻めるな……。
「解放」というワードから察するに、グロピウス的には、アルマが「モラハラ夫に捕まった可哀想な若い女性」みたいに見えてたのかもしれませんね。
陰キャの天才作曲家(サレ夫)と、若き天才建築家グロピウス(妻の浮気相手)の修羅場。
殴り合いにでも発展するかと思いきや……
なんと、二人は意外とケンカになることなく、その場で「現代芸術の崩壊」について話し込んだらしいです……えぇ!?
これは想像ですが、彼は浮気相手といえども、他人に対して激昂とかはできない性分で、そんなことになってしまったのでしょう。
いわゆる陰キャなのです。
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とはいえ、愛する妻に裏切られ、しっかりと傷ついた夫氏。
一転して妻への態度をあらためます。
というのも、妻のアルマは若い頃、作曲家を志していたのですが、夫に「作曲はやめろ」と創作を禁じられた過去があります。
彼の心情は読み取れませんが、妻には自分と同じ仕事をしてほしくない……という気持ち、プライド?は、なんとなくわからんでもない気はします。
で、浮気が発覚すると、彼は手のひらくるり!
一転して妻に「君は作曲の天才だ」と褒め称え、過去の楽曲を出版するよう、彼のコネで手配したそうです。
妻にも、浮気相手にも、怒ることもできず、むしろ阿(おもね)ってしまう。
ここらへんからも、この男のちょっと悲しいところが見えてきますね……。
「史実」でここまで残っちゃってるのがちょっと可哀想ですが、まだ可哀想な話は続きます。
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精神的に参ってしまった彼は、ジークムント・フロイトにカウンセリングを受けに行きます。
そう、あの有名なフロイトです!
記録は断片的で診断書などは残っていないのですが、フロイトは彼について「母性を求めていた」と語ってます。
現代の言葉でいえば、まぁ、マザコン気質だったということなのでしょう。
アルマは美しく、恋多き女でした。
「マザコン x 恋多き女」
……という決めつけはあまりにも戯画的ですが、二人の関係性は必ずしも良好ではなかったのは、間違いないことです。
ちなみにフロイトとの面談を受けて、彼のメンタルは一時的に回復し、夫婦関係も少しだけよくなったとか。さすがフロイトですね。
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ここまでだと、ただのいろいろ可哀想な人物なんですが、ここからがすごいんです。
そんな精神状態のなかで、彼は、人生最後となる「交響曲第十番」に取り掛かります。
これは、想像するとなかなかですよ。
妻が浮気し、カウンセリングに行くくらい、メンタル崩壊。
しかも持病の心臓病も悪化しつつあり、死の予感も強くある。
そんな極限的な状況で、作曲なんてできるもんなのでしょうか?
……結論からいうと、圧倒的な名曲ができます。
ぼくはクラシックオタクですが、この交響曲第十番は……あらゆる音楽のなかで、一番好きといえるかもしれません。
最終楽章の終盤は、圧巻。
100年前の彼の思いが、あるいはそんな属人性を超えた「人類の感情そのもの」が、全身を包みます。
このブログを書くために聴き直していたのですが、普通に泣きました。
ぼくはこの曲、聴くたびに泣いてしまうので、電車の中とかでは絶対聴けないんですよね。
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ここからは、楽曲について深掘りをしていきましょう。
浮気されて、妻に阿(おもね)るようになった男……。
実は彼、遺作となるこの曲の中に、たくさんの「復讐」を仕掛けているんです。
なんせ、アルマはその復讐に13年も悩まされ、この遺作の公開をためらい続けたという史実があるくらいです。
一説によると、遺作を公開せず、楽譜を燃やすかガチで悩んだとか……。
燃やさないでくれてありがとう、アルマさん!
で、この男はどんな復讐をしたか。
まずシンプルなところでは、遺作となる楽譜に、さまざまな書き込みをしています。
具体的には
「Erbarmen! (憐れんでくれ!)」
「O Gott! O Gott! Warum hast du mich verlassen?(神よ、神よ、なぜぼくを見捨てたのか?)」
「Wahnsinn, fass mich an, Verfluchten!(狂気よ、呪われたぼくをつかめ!)」
といった、いかに「被害者」的な叫びが残されています。
彼は有名作曲家だったので、「この作品の楽譜を後世の人が読むであろうこと」はわかっていたはずです。
その楽譜に、しっかりと「私は浮気された可哀想な被害者だ」と書き込んでおく。
実に高度な陰キャ仕草です。
極め付けに、こんなメッセージも残しています。
für dich leben! für dich sterben! — Almschi!
君のために生きる!君のために死ぬ!――アルムシ!(アルマの愛称)
これだけ見ると愛のメッセージに見えますが……。
背景を理解していると、アルマにとっては「やめろよお前」という、ほとんど呪いのようなメッセージです。
これについてはもう少し先で検討しましょう。
ちなみに、アルマによって公開された楽譜の一部は、切り取られていることもわかっています。
これについては、アルマが「この部分は流石に公開したくない」と切り取ったと考えられています。
何が書いてあったのか、真相はアルマしか知らないのですが、まぁ、彼女にとって嫌なことが書いてあったのは間違いなさそうですね。
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他にも、第十番には、さまざまなかたちで妻への復讐が刻まれています。
特に、妻・アルマが作曲した「Erntelied」という楽曲を引用している箇所は、実に高度な嫌がらせです!
前述のとおり、アルマは作曲を嗜んでいます。
彼女の生み出したメロディを、彼は遺作でオマージュしたわけですね。
妻のメロディをどこで引用しているかというと、「第三楽章」です。
何が嫌がらせかと言うと、この楽章のサブタイトルは「プルガトリオ」なんです。
「Purgatorio」は、日本語にすると「煉獄」。
そう、鬼滅の煉獄さんですね。
「煉獄」は「地獄」とは違う概念で、辛いには辛いんですが、まだ「救済の可能性」があるんです。
苦しみはありますが、いつか天国に行ける、という中間的な場所です。
対する「地獄」は、完全に救いがありません。
煉獄さんは煉獄さんであって、地獄さんじゃないんですね。それだと救いがないので。
そしてこの第三楽章、実は元々は「Purgatorio oder Inferno」、つまり「煉獄または地獄」というタイトルだったらしいのです。
が、公開された楽譜は「Puratorio」。
で、実際の楽譜をよ〜く見ると「oder inferno(または地獄)」の部分が切り取られた痕跡があり、それはアルマの手によるものではないかと言われています。
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この嫌がらせは複雑かつ高度なので、整理しましょう。
浮気された旦那が「煉獄(救済がギリある場所)もしくは地獄(救いがない)」という曲を書いた。
そのなかで、妻の過去作のメロディを引用した。
明らかにこれは妻に対するメッセージです。
つまり、
「浮気したアルマよ、あなたは私にとって、救いが待っている煉獄かもしれないが、まったく救いのない地獄かもしれない」
という、皮肉、恨みつらみを込めた楽曲だと思われるのです。
アルマからしたら「私は”救いがない地獄かもしれない”存在なのかい!」という気分になりますよね。
そういう理由もあって、どうもアルマが「もしくは地獄」を削ったのではないか?と想像されるのです。
「もしくは地獄」の箇所を削れば、アルマは彼にとって「辛いには辛いが、救済が待っている存在」になるわけですから。
なんという嫌な復讐でしょう!
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恐ろしいことに!
楽曲の中の復讐要素はまだまだあるんです。
代表的なのは、楽曲中の「破滅的な不協和音」。
不協和音のなか、耳をつんざくようなトランペットが鳴り響くのですが、ここの音が「A」、つまりAlma(アルマ)の頭文字なんですよね。
史実的な証拠はないですが、これは「破滅のなかにお前(A)がいる」という夫からのメッセージなのではないか、と取れるんです。
アルマからしたら、「もうわかったよ勘弁してください」という感じでしょうね。
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最後にもうひとつ、彼が仕込んだ復讐を紹介して終わりにしましょう。
最終楽章は、数あるクラシック曲の中でも、非常に異色といっていい導入で始まります。
なにかというと、不穏で静かな、霧掛かったような導入部から、突然ミュート(音の響きを止めた)した大太鼓が、「ダン!!!」と何度も鳴らされるのです。
急激に音が大きくなるので、スピーカーの音量に注意が必要です。

で、この太鼓については
Du allein weißt, was es bedeutet
君だけが、それが何を意味するか知っている
という意味深なメッセージが残されています。
この不穏な大太鼓は、一体何を意味するのか?
これについては、明確なエピソードをアルマ自身が語っています。
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浮気が発覚する少し前、彼らはニューヨークに滞在していました。
そのとき、二人はホテルの部屋から、街を練り歩く消防士の葬列を見たそうです。
その「死の太鼓」を作曲家は強く記憶しており、また、彼は「あの死の太鼓を妻も覚えているはずだ」と考えたのでしょう。
ただ、ここにおいて、ぼくらは観察者にすぎません。
そのとき彼らは具体的に、どんな会話をして、何を見たのでしょう。
夫婦関係に関する、深刻な会話?
それとも、愛のささやき?
あるいは、哲学的な対話があったのか?
何度もしつこく打ち鳴らされる葬列の太鼓は、浮気をしたアルマに対して「あのときを思い出せ」と粘着質に語りかけているような、一種の狂気を感じさせます。
驚くべきことに、他にも復讐的な仕掛けはいくつかあるんですが、書いていくとキリがないのでやめましょう。
そんなわけで、アルマは「死んだ夫の恨みつらみが練り込まれた遺作」の公開をためらいました。
そして、一部を切り取った(と思われる)上で、彼の死後13年経って、ようやくお披露目したのです。
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ここまで読んでいただくと、被害者意識たっぷりのねっとりした暗い音楽のように思えるかもしれません。
それはある意味で間違いないのですが、彼の楽曲と人生は、そこからさらに一段の飛躍を見せて終わります。
というのも、最後の最後で、この曲では「救い」が描かれるんです。
第五楽章が終曲なのですが、終盤、残り5分くらいから始まる展開は圧巻です。
これ埋め込めるかな?この演奏だと、1時間14分あたりです。
終盤らしい盛り上がりのあと、低弦が一斉に鳴り響き、ヴァイオリンによる慟哭のようなメロディが進行します。
その切実な旋律はシンクロし、分離し、ときに不協和音を奏で、指の隙間から音がこぼれ落りつように細り、またひとつになって浮上します。
破滅的な不協和音を通り抜け、ブラスが高らかに、遠い陽光を描くように歌い、すべては静謐のなかに浄化されていきます。
やっぱり、第三楽章は、地獄ではなく、救いのある「煉獄」だったわけですね。
長い長い物語の終局では、突如13度(死を意味する)の演出的な跳躍が鳴り響き、そのあと、ハラハラと、命の灯火が消えるように終わります。
あらゆる音楽のなかで、ぼくはこの終盤の展開がもっとも美しいと感じます。
ぜひ静かな部屋で、じっくりと聴いてみてください!
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そうして「悲劇の主人公」を演じ切り、彼はほんとうに死んでしまうのです。
für dich leben! für dich sterben! — Almschi!
君のために生きる!君のために死ぬ!――アルムシ!(アルマの愛称)
彼は結局、彼なりのやり方で、妻を赦したのでしょう。
そして最後に、下賤な人間世界と決別するような、天上の音楽を残していった。
マーラーの復讐は、実に強烈です。
交響曲第十番によって、アルマという女性は
「浮気したけど、最後は寛大にも赦された魔性の女(ファム・ファタル)」
として歴史的名曲に「封入」され、その先の人生を生きる羽目になったのです。
なまじアルマは作曲もできるので
「くっそ、なんていう名曲を残して死んでいったんだよ、あの人は……どうしよこれ」
という複雑な思いを抱えて、13年悩み続けて、公開に至ったのでしょう。
ちなみに死の直後は「あれは病人が書いた荒唐無稽な落書きのようなものだ」と語って、この曲の価値を隠蔽しようとしていたとか。
……が、アルマは楽譜を捨てなかった。
そこには、亡くなった彼への愛もあったのだろう、と思いたいですね。
それにしても、最高の楽曲の中に、妻への恨みつらみをしれっと込めて、徹頭徹尾「被害者」として美しく死んでいくとは、なんと完璧な復讐でしょう!
芸術家と付き合うのは、恐ろしいことです……。
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名前を書いてませんでしたね。
彼の名は、グスタフ・マーラー(Gustav Mahler)。
性格は神経質で内省的。
アルマとのエピソードからも「陰の者」感が滲み出ていますよね。
一方で、その作風は挑戦的、批判的、皮肉たっぷり!
「なんだよあの陰キャ野郎」と、当時の楽壇を騒がせた稀代の「炎上系クリエイター」なのです。
お察しのとおり、ぼくはマーラーの楽曲と生き様が大好きなんです。
ぼくも陰の者なので、なんか惹かれてしまうんですよね〜。
今回は第十番を紹介しましたが、マーラーは他にも名曲揃い!
が、長大な交響曲がメインなので、正直けっこう聴きにくいです。
なんせ、彼の第三番の演奏時間は「約100分」で「世界で最も長い交響曲」として、ギネスにも載ったほどです。
10番から触れてもらうのもいいですが、まずは聴きやすい第二番「復活」の最終楽章や、第5番第四楽章の「アダージェット」あたりから触れてみるといいでしょう。
(通称「アダージェット」、バーンスタイン指揮の名演)
自作で恐縮ですが、ぼくはAIを活用して、マーラーのメロディやテーマを引用した楽曲も作っています。
歌があるのでクラシックを聴き慣れない方は、こういう方がいいかもしれません。
第十番第二楽章「スケルツォ」をテーマにしています。
「悲壮の火花で夜を照らせ 私の歓喜は傷から生まれる」
「祝福を奪え私の手で 悲壮の火花で朝を灯せ」
といった歌詞を書きました。
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さて、実はこの話には、まだまだ続きがあります。
主人公は変わってアルマ。
彼女はマーラーの死後も、相変わらず恋多き女として生きていくのです。
続いて恋愛関係になったのが、画家・劇作家のオスカー・ココシュカ。
この人もまた歴史的なアーティストで、美術史には必ず名前が出てくる人物ですね。
そう、こうしてみると、アルマの恋愛遍歴はとんでもないんです。
歴史的作曲家のマーラー、現代建築の祖・グロピウス、そして同じく歴史的アーティストのココシュカまで出てきた!
ちなみにココシュカはけっこうヤバい男だったらしく、アルマの方から距離を置いたと言われています。
そっからも狂ってて好きなんですが、別れたアルマを忘れられないココシュカさん、なんと「アルマの等身大の人形」を作り、一緒にパーティに行ったり、メイドに世話をさせていたとか……えぇ……。
が、ココシュカは後日酔った勢いで?この人形の首を引きちぎり、ゴミにしたという話もあります。
この話はさらに続きがあって、この騒動からヒントを受けたハンス・ベルメールという作家が「fetish(フェティッシュ)」と呼ばれる、新しい芸術表現を生み出しました。
フェティシュ。
そう、これは、ぼくらがよく使う「⚪︎⚪︎フェチ」という用語の元ネタです!
足フェチ、脇フェチ、いろいろありますが、このワードは「アルマ人形」に由来があるのです。
フった相手がちょっとおかしいアーティストで、自分を人形にされて、壊されて、そこから別のおかしいアーティストが新しい芸術表現を生み出して……アルマからしたら堪ったもんじゃないですね!
そして時間軸は前後しますが、マーラーと出会う前は、あのグスタフ・クリムトとも恋愛関係にあったと言われています。
稀代のミューズにして、天才たちを狂わせたファム・ファタル(宿命の女)。
そんなアルマについての物語は、またどこかで続きを書きましょう。
(了)
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普段はビジネス、マーケティングについての記事をメインで書いてます。
ほんとうに書きたいのは、実のところこういう話なんですよね〜。
音楽はもちろん、文学、映画、田舎暮らし、高知情報、仏教、育児などなど、雑記的な内容をたまに書いていくので、こういうのも読みたい方はぜひ登録いただければ!
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Read the whole thing not knowing who — turns out, Mahler. Never knew that story with his wife. Still haven’t pressed play on the music. Those symphonies aren’t exactly background listening.
めちゃくちゃ面白かったです!!イケハヤさんのおっしゃってた「面白いコンテンツ」ってこれこのとか!となりました😆
substack攻略!とかが目立って来てたので、こうゆうお話、自分は全く無知で恥ずかしいのですが、こんな面白く書いてもらえたら楽しく読むのが止まりませんでした!YouTubeも静かな平日に見てみようと思います✨
みなさんもぜひ🥰